人生脚本(交流分析)

人は、それぞれ「人生脚本」を無意識に刷り込んでいて、目的をもって生きている。
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それを判り易く解き明かしているブログを見つけた。
「あるがままの自分を取り戻すブログ」より

「インナーペアレンツ(ドライバーや禁止令)が、自分の中から自分を監視しているので、たとえば何かしようとしてもやめようとしても、ああだこうだとチェーンシンキングしてしまう。その思考の鎖にがんじがらめにされ何もすることができない。

また、「自分の思いで行動させない」こと
―それが、自律を妨げるインナーペアレンツの役割だ。
 
「自分は何をやってもダメ(又は、良い子)」という人生脚本を形成している。

なぜなら、ダメ(良い子)であることが親に認められる条件なので、
親に愛されたい自分は、自分をダメ(又は、良い子)にしてしまうのである。

一見変に聞こえるかもしれないが、親の意向に沿って子が生きるという鉄則は変わらない。(子供の頃)親は自分がダメ(又は、良い子)人間であることにストロークをくれるので、親からストロークをもらいたいためにダメ(又は、良い子)人間として生きるのである。

親との関係の中から作り上げた人生脚本に沿って人は生きる。

そのため、「自分は何をやってもダメ(又は、いつも良い子)」という人生脚本を創った人は、自分をダメ(又は、良い子)にする事実を選択し、自分をダメ(又は、良い子)にする人間を呼び込んでいく。

交流分析的に言えば、AC(アダプティッドチャイルド=抑圧された子ども)の強い人は、CP(クリティカルペアレント=批判的な親)の強い人をフックする(引っかける)。もしくは相手の中のCPを引きずり出して、自分を責めるように(又は、誉めるように)仕向けていく。

あるいは、ストローク飢餓にある人がストロークを得るために仕掛けるものをゲームというが、無意識のうちに自分をダメ(素晴らしい)と言わせるゲームを仕掛けていく。そのゲームの繰り返しの中で、人は自分の人生脚本を確認していくのだが、何しろその脚本は自分を否定する脚本だから苦しさは募っていく。

一方で、吐き出せないままに「心のコップ」にたまっていく感情は、吐き出し先を求め始める。

吐き出したい感情のうち大きなものは、ディスカウント(又は、過大評価)されたことへの怒り(悲しみ)だ。その怒り(悲しみ)は親に向けられるべきものだが、意識化されないことも多い。

やがて、怒り(又は、悲しみ)は出口を求めて抑え込もうとする自分をも飲み込み始める。

そして、怒り(悲しみ)を吐き出すための大義名分を得るための理論武装をし始める。「心のコップ」が臨界に達したとき人はたまった感情に突き動かされて行動してしまう。」


ご苦労様です。 040.gif040.gif040.gif


rom 6: 4
私たちは、キリストの死にあずかるバプテスマによって、
キリストとともに葬られたのです。
それは、キリストが御父の栄光によって死者の中からよみがえられたように、
私たちも、いのちにあって新しい歩みをするためです。
rom 6: 5
もし私たちが、キリストにつぎ合わされて、
キリストの死と同じようになっているのなら、
必ずキリストの復活とも同じようになるからです。
rom 6: 6
私たちの古い人がキリストとともに十字架につけられたのは、
罪のからだが滅びて、私たちがもはやこれからは罪の奴隷でなくなるためであることを、私たちは知っています。
rom 6: 7
死んでしまった者は、罪から解放されているのです。

by kurashi_lesprit | 2015-12-10 13:07 | エスプリなその他

エスプリな毎日は「質素で、心豊かな暮らし」。ファン申請は、親族だけです。


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